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続洋菓子店からのご依頼で伊東へ(2025.4.25)


温度調整器のトラブルを解消した洋菓子店のオーブン
ですが、ご主人からもう一つ別の不具合について相談を
受けています。上下2枚のドア開閉に大変な力が必要で、
特に奥様が操作する際には危険すら伴うとのことです。

 

ドアは耐火性セメントボードを挟んだ構造で、
1枚当たり数十kgの重量があります。

 

そこで開閉時の負担を軽減するため、両側の
ヒンジ部にコイルスプリングを内蔵しています。

 

コイルスプリングが開閉時の荷重を軽減する構造を調べます。
ドア(図中上部)側に2か所、本体(図中下部)側に1か所の
軸受けがあり径20mmほどのシャフトを介してヒンジを構成し
相互に連結されています。シャフトは本体側の軸受けにのみ
留めネジで固定されています。シャフトを通る強力なコイル
スプリングは、片方の端がボルトでシャフトに固定され他端は
ドアと一緒に回転するスリーブに固定されています。結果、
ドア開閉時に捩じられて反力が生じ、その重量を軽減します。
 

スリーブから突き出たピンがドア下端に
当たり、両者は一体となって動作します。

 

コイルスプリングをシャフトに固定するボルト、
シャフトを軸受けに固定するネジを緩めることで・・

 

ヒンジ部を分解することができます。上図は右側のヒンジ部を分解
した状態を示しています。左側の構造はこれと左右対称になります。

 

実際にヒンジ部を分解してみます。ドアが
落下しないよう十分な注意が必要です。
 

本体側の軸受けに打ち込まれている留め
ネジ(六角穴付きホローセット)を緩めます。
 

シャフトの表面にも穴があり、軸受けを貫通した留め
ネジが穴まで到達して、シャフトを完全に固定します。
 

コイルスプリングの片方の端がピンのように
突き出ていて、スリーブ側面の穴に入り込みます。
 

コイルスプリングとスリーブを取り出すとこのような
構造になります。スリーブに差し込まれた短い
ピンがドア下端に当たり、開閉とともにスリーブが
回転するとコイルスプリングも捩じられる構造です。

 

要領を得たところで上下全4か所の
ヒンジ部を分解していきます。

 
 
ドア開閉時の重さが軽減されないのは
コイルスプリングの問題に違いありません。
 

取り外したコイルスプリングは、鋼鉄製で
巻き線の太さが3mmほどもあります。

 

この強力なコイルスプリングが、
端の部分で折れています。

 

長年にわたり繰り返し荷重が加わり、金属疲労が進行したと
思われます。シャフト方向に突き出たピンから捩じり応力が
伝わり、巻き線に移行する部分に特に応力が集中したと考え
られます。これだけ強力でしかも両端が特殊加工されたコイル
スプリングです、バネを製作する会社(発條業)は多く見かけ
ますが、ほんの数本だけ受注してくれる会社はないでしょう。
仮に請け負ってくれたとしても、大変な費用がかかります。
 

かくなる上は、守谷工房で何とかするしか
ありません。破断した部分の再生を試みます。

 

しかし強力なバネ材には焼き入れが施されて
おり、そのままではとても加工できません。
 

加工可能な状態にするには焼きなましが必要です。
工房にはブタンバーナーしか道具がありません。

 

焼きなましには適切な温度管理が必要ですが、
なこと構ってられません。加工できればOKです。

 

焼きなましには変態点を超える加熱が必要で
A1変態点でも700℃以上の温度になります。

 

なこと構ってられないので、とにかく
加工したい部分を加熱していきます。

 

割と簡単に赤熱してきますが、鉄の
場合で赤熱は600℃くらいです。

 

黄色がかってくると1000℃に近づきますが、
黄色を維持するのは難しくそこそこにします。

 

冷却もただ室温下にしばらく放置するだけ。
いくらかでも柔らかくなってくれれば幸いです。

 

コイルスプリングの端をバイスで挟んだり、
金床上でハンマーで叩いてみます。
  

やはり強力なバネを見くびってはいけ
ません。まだまだ十分に硬いです。

 

それでも巻き線の隙間にドライバーを
入れてこじると、少し広がってきます。

 

掴みどころができたので、あらためて
バイスに挟み思い切り締め込みます。

 

不十分とはいえいくらか焼きなましが進んで
いるようで、巻き線が変形し出しています。

 

バイスの挟み方を変えます。突き
出し部を作る加工を進めています。

 

何とかここまで開きました。手がかりが
できれば加工の方法も広がります。

 

コイルスプリング全体をバイスに固定し
巻き線の端をハンマーで叩き出します。

 

鉄パイプを用意しテコの
原理で巻きを戻します。

 

巻き部分が一挙に
直線に変形します。

 

突き出してきた部分をバイスに
挟み直し、残る歪みを矯正します。

 

スリーブに差し込まれるピンの部分、
突き出しが何とか出来上がりました。

 

実はここからがさらに大変で、突き出し部分はコイル
スプリングの軸方向に向きを揃えなければなりません。

 

バイスに固定できる部分が限られ、
この方向に曲げることは困難です。

 

折り曲げたい部分をより柔らかく
するため、もう一度加熱します。

 

工房に残っていた金属棒が、コイルスプリング内径に
偶然合致します。中に通すことでうまく固定できます。

 

突き出し部分をハンマーで叩くと
一挙に方向を変えることができます。

 

何とかなりました。強いて言えば、巻き線の一部を
引き出したことでコイルスプリングの全長がひと巻き分
ほど短くなっています。突き出し部分を長めに取って
いるので、スリーブに届かないことはないでしょう。

 

焼きなましした部分を焼き入れし直します。
炭素鋼で800~850℃と言われますが、

 

そのような温度管理はとても無理で、赤熱から
黄色に近くなったところでジュッと急冷します。

 

全4か所のヒンジ部のうち、結局3か所・3本のコイル
スプリングが破断し、それら全てを同じ方法で修復します。

 

元の突き出し部分と比べると多少不格好
ですが、機能を果たせば良しとします。

 

修復したコイルスプリングを携え再び伊東市へ出向きます。
ところで、写真中矢印の位置に取り付けられているのは
シャフトに通された金属製のホースバンドです。短くなった
コイルスプリングの影響でスリーブが左右に移動するように
なります。大きくずれたスリーブからコイルスプリングの
突き出し部が抜けることを防ぐため組み込んだものです。

 

コイルスプリングを取り付けてから、バネに
テンションを加える作業が必要です。

 

スリーブを回転させる短いシャフトを利用して
コイルスプリングを1回転ほど締め込みます。

 

コイルスプリングが4本とも復活・機能し、ドアの開閉が
とても楽になります。ご主人と奥様に操作してもらい
修理結果を確かめてもらいます、特に問題ありません。
ところが、ここで新たな不具合が発覚します。上段ドア
左側の既に修復したはずのコイルスプリングですが・・
 

ドアヒンジ部左右に組み込まれているコイルスプリングを
取り出して描くとこのようになります。右側用は左巻きに、
左側用は右巻きに作られています。ドアが手前方向に
開く際に、スリーブを介してコイルスプリングは左右とも
コイルが閉じる方向に捩じられます。左右で巻き方向を
逆にしているのはこのためです・・なるほどなるほど。

 

あらためて上段ドアの左側ヒンジ部を見ると、組み込んだ
コイルスプリングが左巻きになっています。これではドアが
開く際にコイルが開く方に捩じられ、突き出し部と巻き線の
接続点あたりに応力が集中します。その結果、巻き線が
開いてシャフトから離れ隙間ができています。他の3本の
どれかと間違えて取り付けた可能性がありますが、既に
厳重に確認しています。結論は4本中3本が左巻きで、
下段ドアの左側のみが右巻きです。温度調整器と同様に
コイルスプリングもかつて出入りされていた業者さんにより
交換されたことがあるそうです。そうすると、交換の際に
右巻き・左巻きを取り違えた可能性があります。コイルが
開く方向に繰り返し使用されるとすると、応力集中による
局所的な金属疲労が進行し、次にいつ再び破断するか
とても心配です。サイズやバネ定数が近い既製品から
何とか複製することを検討せねばならないかも知れません。


 
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