
温度調整器のトラブルを解消した洋菓子店のオーブン
ですが、ご主人からもう一つ別の不具合について相談を
受けています。上下2枚のドア開閉に大変な力が必要で、
特に奥様が操作する際には危険すら伴うとのことです。
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ドアは耐火性セメントボードを挟んだ構造で、
1枚当たり数十kgの重量があります。
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そこで開閉時の負担を軽減するため、両側の
ヒンジ部にコイルスプリングを内蔵しています。
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コイルスプリングが開閉時の荷重を軽減する構造を調べます。
ドア(図中上部)側に2か所、本体(図中下部)側に1か所の
軸受けがあり径20mmほどのシャフトを介してヒンジを構成し
相互に連結されています。シャフトは本体側の軸受けにのみ
留めネジで固定されています。シャフトを通る強力なコイル
スプリングは、片方の端がボルトでシャフトに固定され他端は
ドアと一緒に回転するスリーブに固定されています。結果、
ドア開閉時に捩じられて反力が生じ、その重量を軽減します。
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スリーブから突き出たピンがドア下端に
当たり、両者は一体となって動作します。
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コイルスプリングをシャフトに固定するボルト、
シャフトを軸受けに固定するネジを緩めることで・・
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ヒンジ部を分解することができます。上図は右側のヒンジ部を分解
した状態を示しています。左側の構造はこれと左右対称になります。
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実際にヒンジ部を分解してみます。ドアが
落下しないよう十分な注意が必要です。
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本体側の軸受けに打ち込まれている留め
ネジ(六角穴付きホローセット)を緩めます。
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シャフトの表面にも穴があり、軸受けを貫通した留め
ネジが穴まで到達して、シャフトを完全に固定します。
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コイルスプリングの片方の端がピンのように
突き出ていて、スリーブ側面の穴に入り込みます。
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コイルスプリングとスリーブを取り出すとこのような
構造になります。スリーブに差し込まれた短い
ピンがドア下端に当たり、開閉とともにスリーブが
回転するとコイルスプリングも捩じられる構造です。
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要領を得たところで上下全4か所の
ヒンジ部を分解していきます。
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ドア開閉時の重さが軽減されないのは
コイルスプリングの問題に違いありません。
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取り外したコイルスプリングは、鋼鉄製で
巻き線の太さが3mmほどもあります。
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この強力なコイルスプリングが、
端の部分で折れています。
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長年にわたり繰り返し荷重が加わり、金属疲労が進行したと
思われます。シャフト方向に突き出たピンから捩じり応力が
伝わり、巻き線に移行する部分に特に応力が集中したと考え
られます。これだけ強力でしかも両端が特殊加工されたコイル
スプリングです、バネを製作する会社(発條業)は多く見かけ
ますが、ほんの数本だけ受注してくれる会社はないでしょう。
仮に請け負ってくれたとしても、大変な費用がかかります。
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かくなる上は、守谷工房で何とかするしか
ありません。破断した部分の再生を試みます。
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しかし強力なバネ材には焼き入れが施されて
おり、そのままではとても加工できません。
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加工可能な状態にするには焼きなましが必要です。
工房にはブタンバーナーしか道具がありません。
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焼きなましには適切な温度管理が必要ですが、
なこと構ってられません。加工できればOKです。
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焼きなましには変態点を超える加熱が必要で
A1変態点でも700℃以上の温度になります。
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なこと構ってられないので、とにかく
加工したい部分を加熱していきます。
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割と簡単に赤熱してきますが、鉄の
場合で赤熱は600℃くらいです。
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黄色がかってくると1000℃に近づきますが、
黄色を維持するのは難しくそこそこにします。
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冷却もただ室温下にしばらく放置するだけ。
いくらかでも柔らかくなってくれれば幸いです。
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コイルスプリングの端をバイスで挟んだり、
金床上でハンマーで叩いてみます。
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やはり強力なバネを見くびってはいけ
ません。まだまだ十分に硬いです。
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それでも巻き線の隙間にドライバーを
入れてこじると、少し広がってきます。
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掴みどころができたので、あらためて
バイスに挟み思い切り締め込みます。
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不十分とはいえいくらか焼きなましが進んで
いるようで、巻き線が変形し出しています。
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バイスの挟み方を変えます。突き
出し部を作る加工を進めています。
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何とかここまで開きました。手がかりが
できれば加工の方法も広がります。
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コイルスプリング全体をバイスに固定し
巻き線の端をハンマーで叩き出します。
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鉄パイプを用意しテコの
原理で巻きを戻します。
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巻き部分が一挙に
直線に変形します。
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突き出してきた部分をバイスに
挟み直し、残る歪みを矯正します。
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スリーブに差し込まれるピンの部分、
突き出しが何とか出来上がりました。
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実はここからがさらに大変で、突き出し部分はコイル
スプリングの軸方向に向きを揃えなければなりません。
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バイスに固定できる部分が限られ、
この方向に曲げることは困難です。
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折り曲げたい部分をより柔らかく
するため、もう一度加熱します。
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工房に残っていた金属棒が、コイルスプリング内径に
偶然合致します。中に通すことでうまく固定できます。
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突き出し部分をハンマーで叩くと
一挙に方向を変えることができます。
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何とかなりました。強いて言えば、巻き線の一部を
引き出したことでコイルスプリングの全長がひと巻き分
ほど短くなっています。突き出し部分を長めに取って
いるので、スリーブに届かないことはないでしょう。
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焼きなましした部分を焼き入れし直します。
炭素鋼で800~850℃と言われますが、
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そのような温度管理はとても無理で、赤熱から
黄色に近くなったところでジュッと急冷します。
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全4か所のヒンジ部のうち、結局3か所・3本のコイル
スプリングが破断し、それら全てを同じ方法で修復します。
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元の突き出し部分と比べると多少不格好
ですが、機能を果たせば良しとします。
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修復したコイルスプリングを携え再び伊東市へ出向きます。
ところで、写真中矢印の位置に取り付けられているのは
シャフトに通された金属製のホースバンドです。短くなった
コイルスプリングの影響でスリーブが左右に移動するように
なります。大きくずれたスリーブからコイルスプリングの
突き出し部が抜けることを防ぐため組み込んだものです。
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コイルスプリングを取り付けてから、バネに
テンションを加える作業が必要です。
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スリーブを回転させる短いシャフトを利用して
コイルスプリングを1回転ほど締め込みます。
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コイルスプリングが4本とも復活・機能し、ドアの開閉が
とても楽になります。ご主人と奥様に操作してもらい
修理結果を確かめてもらいます、特に問題ありません。
ところが、ここで新たな不具合が発覚します。上段ドア
左側の既に修復したはずのコイルスプリングですが・・
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ドアヒンジ部左右に組み込まれているコイルスプリングを
取り出して描くとこのようになります。右側用は左巻きに、
左側用は右巻きに作られています。ドアが手前方向に
開く際に、スリーブを介してコイルスプリングは左右とも
コイルが閉じる方向に捩じられます。左右で巻き方向を
逆にしているのはこのためです・・なるほどなるほど。
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あらためて上段ドアの左側ヒンジ部を見ると、組み込んだ
コイルスプリングが左巻きになっています。これではドアが
開く際にコイルが開く方に捩じられ、突き出し部と巻き線の
接続点あたりに応力が集中します。その結果、巻き線が
開いてシャフトから離れ隙間ができています。他の3本の
どれかと間違えて取り付けた可能性がありますが、既に
厳重に確認しています。結論は4本中3本が左巻きで、
下段ドアの左側のみが右巻きです。温度調整器と同様に
コイルスプリングもかつて出入りされていた業者さんにより
交換されたことがあるそうです。そうすると、交換の際に
右巻き・左巻きを取り違えた可能性があります。コイルが
開く方向に繰り返し使用されるとすると、応力集中による
局所的な金属疲労が進行し、次にいつ再び破断するか
とても心配です。サイズやバネ定数が近い既製品から
何とか複製することを検討せねばならないかも知れません。
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